右弐の日記   ※2008年より、この日記内にはゲーム・映画・小説等の、ストーリーに関するネタバレ記述はありません

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活動状況:
 ◇ 震災日記(仮) (2011.05.02〜)
 ◆ ドラクエ5(PS2版)ノーセーブRTA 記録 6:31:52 (2011.04.30)
     (◆◇個人活動  ●○外部へのリンク等)
装備アイテム:
  アナログ振動パッド2 TURBO PS2用コントローラ
  PS2版 ドラクエV 定価¥2,940 (アルティメットヒッツ版)

 色分け凡例 :  ドラクエ・ゲーム ←中間→ 情報処理 ←中間→ リアルライフ ←中間→ ドラクエ・ゲーム

2011.03.11に発生した東北地方太平洋沖地震にともなう一連の災害に関しまして、
被災者の方をはじめ、自衛隊・警察・消防・その他関係者の方々の無事を心よりお祈りいたします。


2011.04.30(土)

前日から寝ずに、自分の中では4/29の38時ころから、自転車で南下する。
津波のあった地域をじかに「見て」おくため。そろそろ道路は復旧したはずと聞いて。
行ってみて、その甲斐があった。
自宅から1時間自転車こいだだけの近所に、こういうところがあるという現実に感じるものがあった。
しかし、感じることがあっても、何をどうすればいいのかは全く答えが見えない。
それだけ僕が無力だということなのでしょう。
現場で沸いた感情を問題として大切に憶えておき、今後の人生のどこかで、少しでも答えを見つけたい。

また、「見る」という行為と、「その空間に身を置く」ことの間には、雲泥の差があることを痛感した。
まさに、「百見は一在にしかず」である。新しい諺ができそうだ。

帰り道買い物をしつつ帰宅が43時。さすがに眠いなあ。
とここで、そういえば寝てねぇじゃんということに気づき、気付くと一気に睡魔が大義名分を持って襲ってきた。
ので、夜にやろうと思っていたことは延期。

結局、自転車移動は40kmくらい。まあ、この行為も今後のためのある種の実験なのですが。
5/1は一日中家でできる作業をしようと思っています。
5/2からは天候と風向きを見て、旅に出るかも。
アリアハン方面とか、そういうのじゃないです。リアル旅。

2011.04.29(金)

PS2版ドラクエ5RTAで自己記録更新。
6時間31分52秒が出ました。

4/29 35:00追記:
レポートはこちらです→ドラクエ5(PS2版)ノーセーブRTA 記録 6:31:52

4/29 31:40分記述
運要素や、やってみてわかったことなど含め、まだ10分程度ののびしろがあり、ゴールデンウイーク中にさらに記録を伸ばせる予定なので、このプレイの詳しいレポートは書かないと思いますが、とりあえず1時間半くらいで書けることは書きたいと思います。
とりあえず、現時点でPS2版ドラクエ5日記にプレイ中に取れたラップと殴り書き文書を載せておきます→レポートに移しました。

2か月前に感じたとおり、ついにあのタイムに挑戦できる日が来たようだ。
ざっと試算したところ、55時間くらいプレイすれば出せそうという計算になった。
これなら11時間×5日間投資するつもりで、連休中にできなくはない数字ではある(ホントか?

この1か月半くらいで、ドラクエ5でずいぶん多くの方が色々な戦略で好記録を出していたようで、まず記録集の更新のために各所の情報をじっくり読もうかと思っていたのですが、色々読む前にすでに自分が考えていた戦略をまとめておかないと頭がごっちゃになるなあ、と思ったので、とりあえず先に通しプレイしてみました。

今夜あたりには、公開されているレポート等を読み込んで、記録集も更新したいと思います。

プレイが終わったら揺れた。RTA中でかい余震こなくてよかったな。
ん?そうか。そこでリアルラックを使っていたわけか。

2011.04.25(月)

実は震災発生からデスクトップPCの調子が悪くなっており、
今まで日記の更新は、ノートPCでWeb上のサービスで行っていたため、若干不便だった。
別にノートPCでFTPできるようにすれば良いだけなのだけど、ローカルにhtmlファイル群がないのが面倒でやる気が起きなかった。

以下、デスクトップPCトラブルシューティングの流れ:

・地震の後、通電した直後に電源を入れる
→セーフモードにしろとかOSに怒られつつ普通に動作したので安心して強制終了する
→壊れていないと判断

・その次の日に電源を入れる→何故か画面がうつらない
→実はハードディスクとかに損傷があって、この前強制終了したから起動できなくなったのか?

・店に持っていく。本体だけ。重い。
→店のディスプレイでは普通に画面がうつる。普通に起動する。
→もちろん、持っていく前に接続は何回もチェックしている。
→この時点で、不具合はディスプレイか、ディスプレイをつなぐケーブルのどちらかであると判明。
→で、持って帰る。重い。

・早速家でつないでみる。
→やっぱり映らない・・・。ケーブルもきっちり差し込んでいる。
→このディスプレイは、デジタルとアナログの両方を入力できることに気づく。
→試しに、旧PCからアナログで入力してみる→うつる。
→これで、ディスプレイのデジタル端子か、デジタル信号処理部分か、ケーブルのどれかであることがわかる。

・このうち、ケーブルが原因なら、再度修理に持っていったりなど手間をかけなくても簡単に買い直せる。
 そして、状況的にどうもケーブルがあやしいような気がする。

・ここでPCに詳しい友人Fに相談。
F:ケーブル購入は、ディスプレイの故障が原因だった場合には無駄な買い物になる可能性がある。
右:この指摘で、自分のリアルラックの数値を思い出す。
 :危ない、ケーブルなんて買ったらディスプレイが故障してしまう(何?
F:修理に出す前に、本体開けてビデオカードが緩んでいないか確認すべし
右:おお!

・すでに段ボール箱にしまっていたPCを出す。
→本体開ける・・・あれ、これビデオカードオンボードだから緩むとかないじゃん!
→これで修理確定か。
→まあせっかく開けたし、ホコリくらい掃除するか。
→段ボールにしまう前に、もう1回だけテストしてみるか。
普通に画面がうつる
→・・・。

ということで、これ原因はなんだったんでしょうか?
直ったから良いようなものの、結局トラブルシューティングできてねぇだろという。
全体的に効率的に動けていないのも課題。最初に本体まわりだと思い込んでしまったのが甘過ぎる。

さて、ともかくデスクトップPCが復活したので、日記ファイルを通常に戻し。
3/11以前のファイルにその後書いた部分を張り付けて終了。楽だ。
そして、日記を元に戻しただけで満足して終了。ありがちですね。


あ、GWは4/29〜5/9の奇跡の11連休とか。
余震も減ってきて、この地域もやっと精神的に「休む」ということができる状態になってきたところ。
新幹線も今日開通。だが、家にいて気が休まるようになったのがありがたい。
この地からどこかに脱出しなくても休めるのだから。

2011.04.17(日)

4/7の余震への対応を見て。もう、この土地の人間は1ヶ月前とはレベルが違うと感じた。
普通、震度6とか単発で来ても大騒ぎなのに、停電や断水があっても普通にしている人たちを見て力強さを感じた。
状況を受け入れて、想定ができているこいうことの強さを感じる。
しかし、余震で再度ダメージを受けた部分があるのは残念なことです。
そんな中にあって、本日東北本線が仙台まで復旧したらしい。これはありがたい。貨物とかも来れるらしい。
余震の影響で新幹線の復旧はまだ遅れるらしいが、まあこれは当面どうでもいい話だと思っている。
在来線と新幹線の開通に対しては、多分、現地とその他でニュースバリューが逆なんだろうなあと思いつつ、さすがにJR東日本は復旧の優先順位がまともだなと思った。

この1ヶ月あまりで、僕の中でひっかかってきたことは、結局一言で言うと、「現地」と「その他の地域」の間にあるタイムスケールの認識の差なんだと理解できてきた。これにともない、3/30の日記に2箇所だけ補足を加えました。数年後に読まれたときに誤解が出ないように。

短期・中期・長期、という言葉をここまでよく使ってきましたが、これらの認識が多くの場面でずれており、それを数の論理で押し通そうとするかのような「その他の地域」側の圧力を感じて息苦しかった。特にマスメディアを通じてのものが多い。緊急地震速報をキャッチするためにテレビをつけている時間が長かったからか。
飢えて死にそうなところに、魚でなく、釣竿を送られ「支援した」と言われてしまったような、そんな残念な感覚。釣竿もお金も、中期以降のタイムスケールでしか役に立たない。やっとこれから、義援金に心から感謝できる時期が来るのだと思う。

また、震災を経て、多くのスポーツ選手を嫌いになりました。
短期的に見て役に立たないと選手自身が認識している仕事をこの時期に行うため、正当化する言い訳に東北被災地を利用しているように見える人が多い。「東北の方々の勇気になれば。」「日本がひとつのチームなんです。」「獲得賞金は寄付します。東北の皆さんと一緒に戦いたい。」
タイムスケールの認識がずれているチームとかありえないですから。親指立てて笑っている「日本がひとつのチームなんです。」を東北で聞くと疎外感が半端ではないです。一緒に戦っていることにされても困るし。
そういう発言を持ち上げるメディアもさらに残念です。まあメディアも選手と同じで、自己正当化できないとスポーツの報道ができないのでしょう。今や免罪符のように飛び交う「東北に勇気を」。

そんな中にも、スポーツ選手ができることの範囲を良く知っているプレイヤーもいるように思えたのはうれしかった。そういう人たちからは、今後中期的に見て勇気をもらえそうな気がします。
イチローは、地震に対するコメントはほとんど出さずに、淡々といつもの仕事をしているように見える。やっぱりこのレベルになると、普通のレベルでは見えない仕事の本質とか限界が見えているからこそ、こういう対応になるのだろうと勝手に推察している。
その上で、災害との関係性ではないところで、自分の仕事を強烈に肯定できているというカッコよさを感じる。


さて、明日あたりからこのサイトも通常営業に戻そうかなと思っています。
あくまで僕の周りのタイムスケールから見てですが、通常の活動を自分に対し許容できるようになったことと、震災に対しての自分の考えがまとまり、ここまでで書きたいことも一通り書いたような気がするので。

もちろん、東北の皆さんにサイト上での活動を通じて勇気を与えよう、とは全く思っていません。
むしろ、「その他の地域」の方たちに、東北をなめてんじゃねえぞと言うために何かをしていこうと思っています。
もっとも、リアル面が忙しいという有難い状況に戻ってきたため、明日どうこうできるのかはわかりませんが、ここも元に戻す頃合かなと感じています。

陽気が暖かくなってきて、今年も桜の時期が来ました。生きてた。

2011.04.07(木)

無事です。23:45現在。
5分で家の状況は復帰。再び本が落ちた程度。
沿岸部で津波の被害が出ないことを祈ります。
やっぱりまだ何も終わっちゃいない。短期的なフェーズすら。

2011.04.01(金)

津波について。
今回の震災では、地震の揺れによる直接的な被害よりも、津波による被害が大きいのは周知の事実だと思います。

津波に関してのメディアの伝え方にひとつ疑問を感じている。
メディアの報道を聞いていても、「津波」が「普通の波」と桁違いに異なるのは、高さでなく波長だということがわかりにくい。

これについて何か書こう・・・かと思ったら、
津波防災マニュアルというページの「1.2 津波と波浪の違い」
を発見。ここの図がわかりやすいので、僕が何か書くのは割愛。

高さ10mの津波というのは、高さ10mで奥行きが10kmとかの水の塊が、海岸に向けてむこうからやってくると考えるのが適切なイメージで、普通の寄せては返す波のイメージからはほど通い。
しかし、津波に関して高さを報道されると、聞いたほうは同じく高さが報道される「台風のときの高波」などを比較対照してしまい、
「ああ、あの台風のとき5mの高波は体験して大したことなかったから、今回の10mというのはその倍くらいか」
とかいう非常に危険な誤解が生まれているような気がしてならない。

もちろん、高さが津波の規模を示す指標になるというのはわかる。それは正しい表現なのだと思う。
ただ、緊急時において必要なのは「正しい表現」ではなく「正しく伝わること」であり、津波に大して皆ある程度の知識があるという前提がそこまで強固であるとは思えない現状では、「高さ」に絞った伝達は有効な表現手段なのかという疑問がある。

たとえば、「津波がきます。高さ10mです。」のところを、
「津波がきます。海岸1mあたり10万トンです。」とか「海岸1mあたりプール何倍分です。」という形にすると、より危険な感じが伝わらないだろうか。
防災に関する教育が施され、津波について皆よく理解していればいいというのが理想的である。でもそれは長期的に目指す解決策だと思われる。
ここまで過ごした中で、僕の感覚にひっかかってくるのは、もっと短期的にうまくやれないだろうかという視点によるものが多い。

2011.03.30(水)

昨日、サッカーのチャリティーマッチ?というのがあったようだ。
ゴールを決めた三浦知良選手が「安らぎをあたえられていればいい」とか、テレビで言っていたのを聞いた。
これを含め「被災地に勇気を」的なニュアンスがメディアでは多いですが、なんでサッカーが勇気を与えるのかがまるでわからない。
東北高校の甲子園出場ですら、現地では肯定的な声ばかりとは限らないのが現実です。

まず、本当に「安らぎ」とか必要な人は、テレビとか悠長に見ていないって。結局、今安全な状態にいる人が感じている不安や退屈を紛らわすための「安らぎ」を提供しているに過ぎないのではないか。

とはいうものの、収益を義援金に充てるという形での試合なら、今後中期的見て助かるのでありがたい。お金は役に立つ。
また、この状況でサッカーの試合を開催したい主催者、また、その試合を見たい人に対して、口実を与えるためにも収益を義援金に充てるのはプラスの効果を生んでいるだろう。これに関してはWin-Winの関係といえる。
パチンコ屋も収益の90%を義援金に充てますとかいいつつ派手に営業すれば同じ効果を狙えるだろう。
批判的に書いているように読めるかもしれないが、べつにこの仕組みについてはまったく批判する気はない。お金は本当に役に立つ。

しかし、それで「被災地に勇気を」的なことを言われてしまうと、何もわかっていないんだなあと残念な感覚を覚える。非常に耳障りだ。相当に個人的な感覚ですが。

たとえば福島原発から31kmの屋内退避圏の外ぎりぎりの地域で試合をしたら、本当に「勇気を与える」と思う。
30km圏内に物資を輸送するトラック運転手は怖い。
その輸送運転手に勇気を与え、被災地には勇気よりもはるかに重要な「物資」を与えられると思います。
さすがにこれは極端ですが、被災した側からみて「勇気を与える」という行為はこの種のリアリティを持たないと陳腐に映る。

その点、地元が東北で、実際に心配になり被災状況を見にきた小笠原選手が「テレビを被災地で見れるように協力お願いします」とメディア関係者に対してコメントしていたのは現地目線に近く非常に好感をもった。安全圏から出ていない人とコメントのリアリティが全然違う。

ボランティアに関しても「特別なスキルがない人が現地に行ってもかえって邪魔になることがあります」とか報道で言われていますが、その通りだと感じます。
この震災が起きる前から、「もし災害が起きたときに(短期的に)役に立てるスキル」を磨いていない人が、今、役に立ちたいと思うだけで役に立てるほど甘くない。
同じ理由で、サッカー選手の多くはこの災害の役に立つスキルを持っていない。だから、役には立てない。(短期的に見て)
ただ、前述のようにお金は中期的にみてありがたいものです。

長々と書きましたが、
昨日のサッカーが被災地に対して勇気を与えた!
そうか、みんなこういう形でできることをがんばって勇気を与えればいいんだ!
とか思ってしまう人が多いとすると、危機感を感じるなあ、という現場からの感想でございます。とくに、長期的に見て。

そんなことで何かの役に立った気がしてもらっても困る。
今回の災害に対し、被災地の役に立ちたいが今の自分には何もできない、という人は、今回無理に役に立とうと努力するよりは、今回はもういいから10年後に同じようなことが起きたとき役に立てるよう、今から勉強など地道に準備をしてほしい、と願っています。
今役に立てないから、今できることがない、というわけではないと思いますので、特に若い人にはがんばってほしいです。

ちなみに、そのサッカーの試合自体、僕はテレビで見ていません。
その時間は仕事してたと思います。テレビでひとときの安らぎや勇気を得るより、現実のこの地を以前のような楽しい社会に戻す作業の方が今は楽しいので、僕の中ではそもそも見るに値していないです。

2011.03.22(火)

自分の直接的な「1次の」知り合いには、幸いにもまだ犠牲者は確認されていないのですが、知り合いの知り合いや、知り合いの親戚といった「2次の」関係にある方の訃報に接することが出てた。
残念でなりません。どう言葉をかけていいのかわからない。
津波によるところが大きい。冷水で頭を洗うだけでもしんどいのに、この時期の水は本当に冷たくてつらかったのだと思うとやりきれない。


自分と自分の属するチームの今後の動き方が、自分が仕事をすることを肯定できる範囲内に収まりそうなので、まだがんばってもよさそう。
仮に、この状況でガソリンをじゃんじゃんかき集めて使って儲ける的な動きを要求されていたら、たぶん僕はもう外れていたと思う。そういう方向に行かなくていいように、色々布石を打った効果が出たのかもしれない。
まだ予断は許されないが、徐々に良い方向に向かいつつある。と信じたい。


家に帰るとガスが復旧してた。都市ガスは復旧に1ヶ月以上かかる見込みですが、うちはプロパンなので逆にローカルな点検さえ済んでガス自体の生産が再開すれば使えるというメリットがあるようだ。
朝、冷水で頭を洗ったのはなんだったんだという。
ともかく、これで電気・水道・ガスという3大インフラはすべて復活した。
久々にあったかいお風呂に入り、いつも通り本を読んでみた。
2週間前までは毎日やっていたことが、涙が出るほど幸せに感じる。
幸せというのは状況に依存するものではなく、自分の感度で決まるということがよくわかる。

2011.03.20(日)

水がまだ出ない。そろそろ限界。僕じゃなくて洗濯物が。
ということで、コインランドリーに行ってきた。
そして帰ってくると、水が出た。
まあ、僕のリアルラックなんてこんなものです。
ともかく、インフラがまたひとつ復活した。

2011.03.19(土)

プロ野球の開幕関連で。
1.選手会とオーナー側で意見の食い違いがあり、話し合いの結果、結局セ・リーグが予定通り開幕するとの決定を出した。
2.これに対し、文科省がからナイター等の自粛を要請。
3.結局セ・リーグも開幕が延期となり、ナイターも減るらしい。

この2.のタイミングで、楽天の星野監督が、文科省を「決定した後に言うのはおかしい」という主旨の発言をしたということです。言うならもっと早く言ってほしいということのようです。

星野監督の気持ちはわからなくはないですが、
僕は、文科省がプロ野球という業界に「期待」していたのだと思っています。
まさか予定通りの開幕は決定しないだろう、と。

結果的に延期になるとした場合でも、
文科省からの通達が入ったから延期した、という形よりは、
プロ野球が独自の良識に基づく判断で延期した、というほうが、世間のプロ野球への評価が落ちずに済む。
結局延期となった今の状況は、プロ野球側としては収益も世間の評価もどちらも取れず、まさに最悪の結果になってしまったように見える。
文科省側としても、そんなこと言いたくなかったでしょうが、プロ野球側の判断があんまりなのであえて悪役にならざるを得なかったように思える。
結局、どっちも負けの形になっているような感じです。ゲーム理論的に囚人のジレンマ的な形かもしれない。
プロ野球が独自に延期を決定し、文科省が何も言わず、が双方勝ちの形だったのに。

ちなみに、上記情報のソースはすべてYahooニュースです。
また、今日の日記は別にプロ野球について何かを言いたかったわけではないです。
読み取れる人にだけでも何か他の解釈が伝わっていればいいなあと思って書いています。

2011.03.17(木)

西日本から石油関連の燃料が輸送開始された。ちょっとだけ安心した。
本当に車が減ってきた。色々疑問に感じつつ今日も自転車で移動。あとは雪の補給。

現地にいると、報道が注目するよりも2日くらい早いタイミングでヤバイ状況に気づく。ガソリンはとくに報道の注目が遅かったように感じる。
状況に気づくまでは良いのだが、その上で正しい(と自分が納得できる)判断をしていくのが難しい。昨日の日記で触れた内容含めて。

再び、「坂の上の雲」で東郷平八郎が言っていた言葉
「決断は一瞬だが、正しい決断を求めるなら、何年、何十年と準備が必要になる」
が思い出されている。

2011.03.16(水)

今日は自宅待機。
雪が降ったので、積もった雪を集めて風呂に投げ込んでおいた。たぶん40リットルくらいか。
これが解ければトイレの水がだいぶもつ。寒すぎてまだ全く解けていないけど気にしない。
そのままトイレの貯水槽に雪を投げ込んでみたら、10時間たっても解けていないばかりか、トイレが異様に寒い。
発想は良くても、この局面でこの種の詰めの甘さは生死に直結する。何やってんだ自分。


地震直後は市内には建物の倒壊とか見当たらなかったので外見からみて比較的被害は少ないのかと感じていたが、ここにきて物資が相当に不足してきている。
水道もまだ復旧していない。もしかしたら、今後中期的に慢性的にこの状況が続くのかもしれない。

この状況を踏まえ、需要が平時と激変していることを痛感する。
これは、地震の次の日の夜にコンビニに並んだときに感じたのだが、コンビニの食料品はすぐに尽きる中、ホワイトデーコーナーの商品はきれいに売れ残っていた。需要が平時と激変している一例。・・・いや、もともとそんなに売れないのかもしれないので適切な例なのか微妙だが。
衣食住が安定しない状況では、それより高度な活動で必要とされる需要は完全に後回しにされると言って良い。
このギャップが激しいのは、平時の日本が衣食住の安定した、かなり成熟した社会であるからなのだろうが。

ここで自分の職種を見直すと、衣食住には直結しない職種だなあと思う。
少なくとも、現状で他の活動を押しのけガソリン等を使ってまで、がんばって再開を急ぐべき価値があるのかには疑問を感じてきた。
つまり、現状においてホワイトデーの商品と何か違うのだろうか。

やりようによっては、仕事をすることが自分の中で正当化できない事態になるかもしれない。かなり近い未来の話として。
そうなった場合、
・この地にとどまり、別の職種をする
・別の地に移り、今の職種をする
のどっちかにするのだと思う。別に場所も職種も変えても良いのですが。

パチンコ屋の経営者も、この状況下で需要が低迷していることや設備修復の業者が来るのを後回しにされることに文句を言わないでしょう。
パチンコ屋を「そういう目」で見るのなら、自分に対しても同じ目で見て判断する潔さが必要だなと思っています。

2011.03.15(火)

生活時間帯が太陽と連動してきた。20時だがもう寝るかも。
帰り道雨にぬれて凍えているところで、いつもは5000円からのコースとかメインでやっているレストランが、400円で食事を提供していると書いているのが見えた。

ずぶぬれで場違い感を出しつつ恐る恐る入ってみると、快く入れてくれた。
シチューを注文。400円でパンもつけてくれている。
温かい料理といえるものを久々に食べた。うまい。感動。
というか、この状況下において採算度外視でもやるべきと思うことをやるという働き方に温か味を感じたという部分が大きい。
今あるプロパンガス2本が尽きるまではやります、とか言っているのを見てカッコいいなあと思った。
こういう働き方が多くできると、死ぬときに自分に対して良くやったという評価を与えられそうだと思った。
こっちもがんばって後日5000円以上のコースを食べに行ってやるぞと思うとやる気が出てきます。

2011.03.14(月)

昨日の日記。なんか今読み返すと関東の人みんなにケンカを売っている様にも読める。文章書くの難しいです。

けい坊さんの日記にもあるけれど、たとえばパチンコ屋とかはこの状況下において「そういう目」で見られる可能性もある。
別にポリシーをもってパチンコ屋が営業されている分にはそれでよいと思われるが、この事態だと世間の人の中には「そういう目」で見る人もいるというのが重要なことだと思っています。 まあ、けい坊さんの日記を挙げるまでもなく、僕も今回は現地にいる関係上、「そういう目」で見る側の人の心証も持っています。それでも現地にいる人の中ではかなり中立に近い方だと思ってはいますが。

で、この状況でRTAプレイヤーがこのパチンコ屋の立場になってしまうようなやりかたをすると、自分もRTAプレイヤーであるという自覚がある以上なんか悲しいなあ、という、完全に自分の勝手なわがままによる提言が昨日の日記の主旨です。
簡単に具体例を挙げれば、チャートとか公開したことでRTAが多少なりとも流行ったとしてそれで今この状況で電力が浪費されているのなら、チャート公開したことを自分の中で肯定しにくくなってしまう。
他にも悲しい要因はあるのですが、他意があるわけではありません。電力の確保が日記の主目的でなく(この日記の規模的に当たり前ですが)、RTAプレイヤーの印象を下げたくないというわがままだと思ってもらえれば幸いです。


さて、仙台市内。
移動は自転車が優秀です。
なぜならば、ガソリンがないから。地震直後よりも車の台数が減っているのは別にみんな用事がないからでなくて、ガソリンが手に入りにくいから。スタンドに並んだ上に、10リットルとかの給油制限がかかっているようです。
ということで、自転車で移動しているが、明日は雨か雪とか。まあそれくらい問題ない。所詮仙台なんて東西南北20kmくらいしかない。
まあ、僕が移動する分にはそれでいいのだが、ガソリンが足りないと復興は確実に遅れる。

電力では助けてもらえない西日本には、節電していただいた上で電力になる前の石油の状態でこっちにまわしてほしいと思うのだが、これも技術的政治的に無理なのだろうか。
東北では「エネルギーという概念」に当てはまるものすべてが不足しているので、何か西日本からまわしてもらう手はあるはずだと思うのだが。
電力の例だけで安易に西日本は関係ないとか思われているとしたら、今後中期的に見てキツイ状況だなあと感じています。これは東北のみならず関東もだと思いますが。

2011.03.13(日)

ゲームする電力がねぇ。RTAは電力がかさむ。
ということを、RTAプレイヤー皆様が自覚して、しばらく乗り切っていきましょう。
どうしてもRTAをしたい場合でも、本物のRTAプレイヤーであれば脳内プレイというスキルがあるはずです。
個人的に、RTAプレイヤーはやり込み人の中でも最もカッコよくあるべきだと思っているので、他の皆様にも期待しています。
そして復興したところで、その間に温められてきた斬新な戦略が数多く世に乱舞する状況を密かに期待しております。


実際、東京が輪番停電とか言っていますが、現地にいると東京の停電の時間をもっと長くして東北に電力を送ってほしいくらいです。技術的に可能かどうかはわかりませんが。東北は発電所そのものがダメージを相当受けているはず。
テレビ映像にしても、被災地にいる人ほど見られない。
情報が必要なところほど、インフラがダメージを受けているので情報にアクセスできないということが身をもってわかりました。
3/13 20:00頃に我が家も通電し、やっとテレビを見ました。津波の映像とかガス火災の様子とか、さっき初めて見ました。
この情報を東京とかで見せてもあんまり意味がないんですよね。

地震の瞬間は仙台市の北部にいたので、本気で死ぬかと思いましたが一緒にいた人のレベルが高くて助かりました。
現時点で、家具も3台のPCも、2台のPS2も全部無事。
そして、停電から復帰したところで、もう僕も被災者でもないです。水道とかガスとかないのは別にもう慣れた。
本当に大変な人はまだ外にいる人です。
なんとか耐え抜いてほしいです。
明日から僕も仕事でがんばって社会貢献をしていこうと思います。
別にレスキューするわけではないですが、現地にいる人間として復興への貢献は仕事するのが最も早いと思う。


えぐちさんに生存報告を助けてもらいました。
あの段階で自分でWeb更新とかがんばるよりも、短時間通話して行間を読んでもらったほうが携帯の電池残量的に情報効率が良いと思っていたのですが、狙い通りでした。ありがとうございます。
皆様にもご心配かけましたが、無事です。
そのうち、今回の件について色々と書けるときが来ると良いと思いますが、今日はここまでにしておきます。
いまだ救助を待つ被災者の方や、自衛隊・警察・消防・その他関係者の方々の無事をお祈りしております。
また、亡くなった方のご冥福を心よりお祈りいたします。

追記: 22:00
現地にいてもうひとつ気づかされたこと。
テレビとか見ていると、大震災が「起こった」という過去形になっているのですが、現地では余震の頻度とか強度が半端でなく、とても終わったこととは思えない。
たとえば、通電してもまたすぐ停電してもいいように即座に充電等する、食料が買えてもまたいつ買えるかわからないので食べるのを控えたり、など。
今すぐもう1回大規模な地震が来ても生き残れるようにと現地の人間は行動しているので、現時点から復旧の一方向に進むという想定で見ているであろう外部の人とは意識に相当のギャップを感じる。
報道を見ているとそう思うのも無理ないですが、リアルに実感が持てなくても色々な呼びかけには協力してほしいと思う一例です。

2011.03.09(水)

ゲームする時間が作れねぇ。

一見、昨日の日記の1行目と同じに見えるが、この2つには発する人間の心理にかなりの差があるように感じる。
あくまで僕の見解ですが、昨日のはあまり良くない例で、今日のほうがかなり良くなっている。
明日の日記では、さらに良い形の表現にしてみることで、差は何なのかを浮き彫りにしてみたいと思います。

ただし、これは「日記」という、自分に対して語りかける場合の話である。
あるいは、親密な他者に対して発する場合。ここが普通の意味で日記と言えるのかに関しては全く自信がないのだが。

「そう親しくない他者」に対して否定的な意味合いで発する場合は、この良し悪しが逆になるので注意を要する。
これについても明日時間があれば。でなくて、明日時間が作れれば。

2011.03.08(火)

ゲームする時間がねぇ。
ということで、ひとつクイズ。

PS2版のドラクエ5で、初回クリアするまでに出会える敵編成のうち、最も経験値が多いものを答えよ。

答えはPS2版ドラクエ5日記にて。
先日の日記に書いた、「気の進まない方のもう1つの案」というのも、これに関連したものだったりします。

2011.03.07(月)

いいかげん家の中が散らかってきたので片づけ。
目標は、見えるところにとりあえず放置されている物を、収納と思われるものの内部に押し込むこと。
なんだ。とりあえず押し込めばいいから簡単じゃん。

とか思っていたが、そもそも収納に収まりきらない。
放置されている物たちが、なぜ放置されるに至ったのか、その経緯を考えると当たり前なのですが。

ということで、本来の作業に先立って、まず収納内部のいらないものを捨てるという工程が加わることになる。
案の定時間がかかる。これは始める前からイヤな予感がしていたのでしょうがない。
今日は本棚を中心に整理。捨てることにしたのは本やCDが多い。捨てずに売りに行くかもしれないけど。

今日の作業では、本は次の5種に分類することにしてみた。
1.今後読むことはないのでいらない → 即捨てるか売る
2.ずっととっておく気はしないが捨てる前にあと1回くらい目を通したい → 風呂場の前に積む
3.当分読まないと思うがまた読むときがありそう → 段ボール箱の中へ
4.頻繁に読むor読みたいor読むべし → 本棚
5.今後読むことはないが記念品っぽいもの → それをすてるなんてとんでもない!

この2という分類が今まで明確でなかったが、この方針は優秀だと思った。
2は風呂場で読む→捨てる で完璧。
大体1回読んだ本はそのときにペンで書き込みがしてあるか、ページを折るようにしているので、そこだけ拾って読めば短時間で読める。湯船につかりながら1日1冊ペースで読了できる。
ただこのシステムだと、3や4よりも、2のほうが先に読まれることも多く、それは正しいのかと若干不安になってくる。
2は34と別次元でのメリットを持っているのが厄介だ。
2は「捨てる」という行動により享受できるメリットのため、先に読まれるのである。
一方、34は「捨てない」という判断を下している時点で価値が2より上だが、逆に「読んでも捨てられない」ため、早急に読むメリットはひとつ少ない。
気付くと「捨てる」ということのメリットが自分の中で肥大化しすぎている気がする。これは危ない。
かと言って、別段手を打つ気もしないが。物が減ればまた考えも変わるでしょう。今は捨てることが重要。

ちなみに、ドラクエの公式ガイドブックなどもこの分類の対象となりました。
今まではどれも本棚に並べてあったのですが・・・結果は以下。
1. DQ7
2. 該当なし
3. DQ1,2,3,4,6,8,9
4. DQ5,(PS版・SFC版・DS版すべて)
5. 自分が書いたプレイレポートなどが掲載された本。一瞬2にしようかと思ったがさすがに思いとどまる

ごめんドラクエ7。しかし、公式ガイドブックを使ってまでドラクエ7で何かすることはもうないだろうし、もしそうなっても買い直せば良い。必要とする人の手に渡るよう、売った方がよいでしょう。

2011.03.05(土)

先日の案でドラクエ5を再びプレイ。もちろん細部を手直しして。
すると、青年時代後半が2:44。なぜ伸びる。
おとといやったときはたまたま色々うまくいっていただけなのかなあ。
ちと早計だったかもしれぬ。

2011.03.03(木)

くねおさんの日記で、PS2版のドラクエ5のRTAでメタリンが起き上がったとかいう話が。ソースは良く分かりませんが。
環境とかプレイ時間とか色々わからないのでまだなんともいえませんが、神の塔で起き上がったらしいというところが重要になるかも。
個人的には、この件で、やっぱりサンタローズでは(時間的に?)起き上がらない状況となっている可能性が逆に強くなったような気がしている。
これまでにメタルスライムが(RTAプレイヤーに)狩られてきた量を考えると、サンタローズの洞窟は神の塔の比ではない。たぶん10倍どころじゃないはず。
なのに、最初に捕獲したという報告が神の塔から出るというのはかなり薄いところを引いている。これが気になる。ちゃんと計算していないけど。
乱数解析とかのヒントになるかもしれませんね。


それはそうと、試したい案が大体練られたので、ドラクエ5をプレイしてみます。後半だけ。
とはいうものの、内容については何も公開されないかもしれないので期待しないでください。

今週はずいぶんとドラクエしている気がしていたのですが、そういえば電源入れるのは初です。
「ドラクエする」の定義が変わってきている今日この頃。
別にこの業界では普通の定義なんだと思いますが、
「ゲームは一日●時間まで!」と叫ぶ世間の親御さんとの認識のズレは否定できません。
学校の授業中とかも、やり込み人は実質ゲームし放題なのです(たぶん。


29:00頃追記:
試しにプレイしてみた。
青年時代後半が2:36 思い出のロケット消滅〜ラスボス撃破の区間タイム
すげぇなこれという感想。アイテム管理とかボス戦術が割と適当でこれとは。
やはり予想通りだった様子。そして、ようやくあのタイムが見えてきたのかもしれない。


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