右弐の日記   ※2008年より、この日記内にはゲーム・映画・小説等の、ストーリーに関するネタバレ記述はありません

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 色分け凡例 :  ドラクエ・ゲーム ←中間→ 情報処理 ←中間→ リアルライフ ←中間→ ドラクエ・ゲーム

さて携帯日記。第1回。おそらく全1回。雑多に書きます。

今まで、いわゆる「ガラケー」を使っていた。だが最近、「スマホに変えたほうがいいと思う事象」に出くわす頻度が上がってきたので、変えてみた。

理由となる事象は、いくつかあるが、このサイトで扱っている話に関連するものを挙げると次の2点。
1.スマホでサイトのページがどう見えているか、気にしたほうがいい時期に来ている
2.自分で作った電子ファイル群を、いつでも参照できるようにしたい

1は、くねおさんのツイッターでそれ関連の話を目にしたのも契機となった。そのとき、自分のサイトを携帯のブラウザから見てみると、レイアウトが崩れていた。ただし、いったんグーグルで検索して「グーグル経由で」同じページを見ると、見やすく加工される。すげえなグーグル。一企業がやろうとする仕事のレベルじゃない。
さて今度は、そのページをスマホから見てみる。なるほどこれは読みにくい。サーバか利用サービスを変えるべきなのかもしれない。あと、html5で書いたページのほうが、レイアウトは意図したとおりに表示されるっぽい。こういう実験のために、いくつかhtml5で書いてみていたのが功を奏した。

普通に考えると、サイトの作成方法を改善していくべきなのだろう。ただ、そこに手をかけずに何も気にせずいても、将来グーグルなどが全部なんとかしてくれるのではないか、という気もしてくる。これが新しい感覚。
いろいろやるのも学ぶのも手がかかるので、当面は、できるだけシンプルに、内容志向で書いていこう。それだけは決める。

2.について。スマホに Dropbox をインストールし、感動した。Dropbox自体はすでに使っているので、スマホ上での作業は5分程度。それだけで、僕の作った電子ファイルは、どこにいても、僕とともにあるようになった。スマホ、ノートPC、デスクトップPCから、当たり前のように最新のファイルをいじることができる。わかっていることとはいえ、その威力にはただ感動した。ちなみに、上に張ったリンクから、Dropboxに登録すると、紹介扱いで僕の容量が増えます。これから登録するならぜひ。

Dropboxをうまく使うためにも、電子ファイル管理の第1のキーは「時系列」にすべきだと思った。
自分の触るすべてのファイルやフォルダを、「今使ってる」「2013年で終了したもの」「2012年で終了したもの」・・・というようなフォルダに入れることにする。そして、「今使ってる」からさかのぼって、参照頻度が高そうだと思うところの年度まで、Dropboxにぶち込む。基本はこれで終了。ただあまりに重いファイルは、別にフォルダを作って隔離したり柔軟にやってます。
こうすると、ドラクエのフォルダの横に、年賀状のフォルダがあったりするが、そんなことは気にしない。関連ファイルがあちこちの階層に散るが、そこで活躍するのがwindows7からの「ライブラリ」機能だと思っている。この体制で2年くらいやってますが、だいぶ作業の調子はいいです。関連する話は2011.06.06の日記にあります。

とまあ、スマホ初心者としては変な観点の話ばかりの気がするので、最後に普通っぽい話。機種選び。
まずiPhoneはマイクロSDカードが入らないらしいので、それを知った時点で即却下。クラウドサービスを前提にすればそんなのはいらないんだろうけど、本当の修羅場ではクラウドなぞ使える保証がない。電力だけ回復した状態で戦闘力の低い武器には頼れん。と、かなり極端ですが、震災時の経験から、この判断基準は僕の生涯変わらなそうな気さえする。震災日記風に言うならば、アップル社製品の美しさは、女子アナの美しさと同種という感覚がある。2個以上端末を持つなら1個はいいかもしれないが、まだ僕には早い。

という流れで、選んだ端末は、アンドロイドのやつ。つまり「迷ったらグーグル」をモットーに。
そうなると次は機種えらび。だりー、と思いつつ、できるだけ小さくて、角がまるいやつがいい、角ばってるとポケットが破ける、無駄に表面加工してるやつは滑りが悪くて取り出しにくい
・・・などと店員にわめいてみると、色まで含めて1種類に絞られる。なんだ選べないのか。こういうときに人間が役に立ちます。ネットで「ポケットにやさしい」とかいう検索は、たぶん非常にやりにくい。対応してくれた店員がグーグルに勝ってくれて、人間も捨てたもんじゃないと安堵しました。

にゅすけさんの日記2/17で、ドラクエ7でツボを割る話が出ていた。さすがに観点が製作者側だと、うなってしまった。

そういえば、ツボを「持って投げる」というエフェクトが初めて入ったのは、ドラクエ7 PS版だったと記憶している。で、当時は、「なんで持って投げて割っちゃうの?」と思ってプレイしていたら、たしか中盤のダンジョンで「よく飛ぶツボ」というのがダンジョンのパズルに関連するようになっていて、なるほどこのために仕込んでいたかと思ったことを、思い出した。
ツボを投げる演出の、製作者側の意図の本当のところはわからない。ただ、ゲーム上での演出そのものは誰の目にも明白ですが、なんで投げるようにしたのかという経緯や意図は伝承が一段難しそうだなと思いました。

受験生には勝負の日ですが、その他の人には待望の新作パズルゲームの発表日という見方もできる。
まとめて解こうかとも思ったが、これまで通り、寝起きに1日1問ずつ消化していくことにする。頭の体操と検温を一度にしている感覚。
さて、これでこのパズルも一段落として、別の何かを探したい。今週が猶予だ。ただ、考えれば考えるほど、入試数学は品質が良く、代替物が見つからない。何かおもしろいパズルを習慣化している方がいらっしゃったら、ぜひ掲示板で教えてください。

先日アップした「ドラクエのストーリー」について。新たな観点を思いついた。また何か書くかもしれません。思いついたのは、やっぱりネタバレなしで書けそうな話題である。

ドラクエのストーリーに関して思うところ。昔書いた関連文書を読み返して手直ししました。
 ストーリー構成の分析 / 感想
ストーリーに関して書かれた文章ですが、ストーリーに関するネタバレは一切ありません。

先日アップしておいたキャラクター成長方式の分析とあわせて、これで僕のドラクエ7はいったん終了です。
どの文書も、ドラクエ7に関してはゲームとして辛口なコメントが多くなっています。ただ、ドラクエ7から入ったプレイヤーが、「その作品はドラクエの主流ではない」ということを知る材料のひとつとなれればと思うだけで、他意はありません。
ドラクエ7が面白くなくても、ほかに面白いと感じるドラクエはいっぱいあります。私もそういう一人です。

手袋を無くしてしまう話。2009年の1月頃に書いた。
2年ほど前、それを知っていたチームのメンバーに、手袋を2セットプレゼントされた。「あ、本当は右だけ4個とか渡そうかと思ったんですけど、売ってなかったんですよ(ニヤリ」という感じで。コイツら随所に遊べてるなあと思った。

それからはなくさないよう気を付けていた。だが、ついに2セットとも、片方ずつなくした状態となってしまった。
ヘコんでいると、しかし今回は右と左を1個ずつなくしたことに気付く。さらに調べると、2つともデザインこそ異なるが、色は似ており、組み合わせて使っても違和感がない。そうか、こうなることまで見通して選んでいたか。できるな。

そして今日。コートのポケットの片側に両方の手袋を詰め込んでおり、右だけ装着したいと思って探した時、肌触りが違うから見なくても右を取り出すことができた。
つまり、2年で片方ずつ無くすという過程を経て、当時のプレゼントは、より機能的な形に仕上がった。この最終形まで見切られていたとは恐れ入った。

将棋の角と桂が似てる。移動は、2つの基底ベクトルのうち、どちらかの係数だけ0じゃなくなる。係数は角は整数で、桂馬は1。行けないマスが周期的に存在。移動距離が無理数という定めの下に生まれた駒。
角には桂の気持ちがよく理解できそうだ。あいつは斜交座標で第1象限にしか進めねえからしょうがねぇやつだな、みたいな感覚で見守っているのだろう。角から見ると将棋盤は◆であろう。ただ、飛車を筆頭とする多数派には将棋盤は■なので、どうも将棋盤上で総選挙となると角陣営は分が悪い。そこで微妙な立場に置かれるのが銀である。ていうか圧倒的多数の歩達が飛車派に与するだけでもう半数だ。もっとも、歩にも格差のない一票が与えられていればの話だ。

待て。将棋盤は民主制ではないはずだ。王将による王政が布かれているとしよう。ただそれでも王には、桂馬は理解されなさそうなのが不憫。王が自分の経験から駒を評価しなければ良いのだが。
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チェスに行こう。「ナイト」の動きの最小語数の説明は、おそらく「 移動距離√5 」なのではないだろうか。
ただ、この説明は洗練されているかもしれないが、最もわかりやすいとは言えない。ここなんだよな。

というか、もともとはこの話だけ書くつもりだった。それでどうして前半の擬人化文書が生成されるのか自分がわからなくなる。頭の回転が良くて無駄なギアにつながれている状況。空回りするとモーターが焼けるので無駄に負荷につなげている。
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こんなことを思いつくのも、例のパズルゲームが影響してるんだろうな。過去にさかのぼるゲームは続行中。2001年の3まで進みました。21世紀ラストの年。2000年に発表されたものは、2013年に発表されるものをやれば代用が利くということにして一区切りにできるか。間に合った。
我ながら、良くこんなこじつけを思いつくものである。今日は調子は良いが、とことん無駄だろう。さっさと寝よう。

まんさくさんの日記でコメントをいただいた様子。
なるほど、全部わかったうえでそうやって縛りをつけると、ストーリーに沿って進められそうですね。僕はPS版の初回プレイの際にドラクエ6の経験を踏まえ、まんさくさんの方針と同じようにプレイしていたのですが、確か主要キャラが抜けたあたりで行き詰まり、そこで新加入キャラの育成を兼ねて熟練度稼ぎを解禁したら戦力が別次元になりすぎた経験が鮮烈すぎて、以降はストーリーに沿って進めるのが心理的に難しくなってしまいました。
関係ないですが、アイテム全部回収と見て思い出したのが、ドラクエ7こそ「歩数で完成する錬金システム」との親和性が高いんじゃないかということ。探索の苦痛をいくらか軽減してくれる。

ドラクエ7が3DSで発売されたようです。僕はプレイしませんが、その理由はすでに8年前に書いてました。
キャラクターの成長方式の分析
読み返して少し手直ししました。 現時点で、プレイを開始するか、また続行するか迷っている方には、役に立つ分析かもしれません。

あと「ストーリー」に関しての分析もあります。こっちも少し手直しして紹介したいのですが、急ぎの方(?)はサイトのトップページから探してください。

マドハンドの行動パターンが、仮に「打撃、仲間よび、仲間よび、・・・」ならば、フィボナッチ数列か。画面の幅と、ゴーレムよびの可能性は無視する。
よく「自然界の中に見える数列」とか言われますが、ドラクエ界の住人にはこっちのほうがイメージしやすそうだ。

先日の日記を読み返したら。TUTAYAじゃなくてTSUTAYAだ訂正。英語は苦手。てかこれ英語ですらないけど。

「コーヒーフィルター」が尽きたとき、「キッチンペーパー」をかわりに使うところまでは考えが及ぶが、問題は枚数である。ここに実験の余地がある。やってみた。1枚だと薄すぎるようで、あっというまに滴下する。でも2枚だと厚すぎるようで、ぜんぜんコーヒーが出来上がらない。
そうか、だからコーヒーフィルターというのが商品化されてるわけか。

実験が正しくても、油断すると最後の解釈が間違ってしまう例。
ただこのケースでは、実験を実行に移した時点で何か間違っていると判断でき、総じて始末に負えない議論と言えよう。

映像だ映像。TUTAYATSUTAYAで80円×2本。

・重力ピエロ  いいと思う。ただし、善悪の判断を一元的に下したい人は、観た後に不快感が残るかもしれない。最近サンデル教授にいろいろ習ったので感情の置き所があったような気がする。順番は重大だ。ちなみに小説が原作で、そっちは読んでません。結構別物らしいです。

・L change the world  デスノートのスピンオフ映画。某映画評価サイトで、100点中5点だったらしいです。デスノートを舞台とする必要も、主役がLである必要もないと思われるストーリー。ただ主演の演技は光る。
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映像を見ているのは、きっと読み捨てる本が不足しているからだろう。

そうだ。映像を見よう。

という流れで、今日はなぜか「コクリコ坂から」を見た。
これは面白いと思う。最近のジブリアニメにしては(と言っては失礼だが)、説明の不足をそれほど感じなかったし、登場人物の思考とテンションについていけた。
ただ、対象年齢はかなり上だと思う。少なくとも、子供向けではないだろう。「製作者が勝手に作ったローカル設定」に対する説明の不足はあまり感じないが、「一般的な時代背景と教養的知識」に対する説明はほぼ皆無である。僕も表現の意図を全部理解できた気は全然しないし、年齢が低いともっとその度合いは高まりそう。映画館でガイドブックとか買うと、ある程度は解消されるのだろうか。そのへんの事情は良くわかりませんが。
もののけ姫、ハウル、千と千尋の3作あたりで、ちょっと厳しいなと思ってジブリ作品は見なくなっていましたが、それらと比べると断然良いという個人的感想です。ただ、期待度が相当下がっていたので良く感じたのかもしれません。前の3作はかなり期待度の高い状態で見に行って、「ローカル設定の説明不足」へのストレスが大きかったので。その最低限のところはクリアされているというだけなのかもしれない。
内容とは関係ないですが、全体の時間が短いのは良かった。映画は気になったものは見るようにしたい。映画は、テレビ番組とは作られ方が違うから、クオリティも別物と考えた方が良い。野口先生の受け売りです。

まだアナログテレビ放送が行われていた時代。つまり、うちでテレビが普通に見れた時代。録画した番組があった。
2年前の2011年の正月、再放送でNHKから深夜に放送されていた、サンデル教授のJUSTICEである。政治哲学の講義で、合計12時間。6時間ずつ2夜連続放送で、当時がんばって見ていたものの、気付いたら寝てた。単に眠かったのもあるが、展開が次第に複雑になり、ついていけなくなったことも原因だった。
そのまま放置していたが、2週間くらい前から毎日少しずつ最初から見ていた。ノートを取りながら。こうすると、次の日もなんとか論理のつながりについていける。今日、やっと見終わった。

内容については、検索すればいくらでも出てくるので割愛として、個人的な感想としてふたつ。
ひとつは、この講義で扱っているような内容に関して、十分に勉強し考えてきた人にこそ、社会的なトップに立ってほしい、という希望。そう考えると、文系の人が社会的に偉くなりやすい社会も当然なのかと思えてきた。文系・理系の安易な二分論であることは承知の上で書いてますが、僕自身は理系であり、今回番組を見るまでちゃんと考えずスルーしてここまで生きてこれてしまっているという事実を省みたとき、せめて文系の人は学んでいる確率が高いといいなという期待に基づいています。
ふたつめは、震災の前に見ておきたかったという反省。そうすれば、あの時点で自分の中に湧いてきた問題意識と感情を、もう少しうまく処理できていたように思う。 ただ、今、見たことで、次の何かに対しては間に合ったと思うことにしたい。
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で。当時は寝入っており録画を止め忘れ、テープには講義のあとNHK放送終了の「君が代」がそのまま録画されていた。
ちなみに、講義の開始前には、なぜかドラクエ5のラスボス戦が映っている。ビデオデッキに入っていた練習記録用テープにそのまま録画したらしい。ラスボスを倒すと、ほどなく裏ボスとしてサンデル教授が現れます。

この地では、少し前から自転車というのが姿を消した。
春になったらまたちゃんと出てくるのだろうか。絶滅してないといいけど。
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ていうか、家の前の坂がマジで登れねえ。夜10時半のこのタイミングで、もう明日は外出しないことに決める。無理。
それならば。日付変更からRTAするか。月1回のリハビリ―RTA。年1回にならないようにしないとな。

体に良いものを。と思って食べたのは、納豆と、豆腐の味噌汁。三暗豆と三色同豆は複合するんだっけ(謎
豆腐を切るとき左手の小指を切った。だがその前に、少しピアノを弾いていた。
で、ふと思ったのが、これ2つのイベントの順番を逆にはできない。

ただ、手を切ったので、この日記を書く今キーボードが打ちにくい。
これも順番が逆だったらよかったのか。と思うが、手を切る前に、手を切ったという日記は書けない。
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路面が凍結していて走れない。その時間でピアノ。走らんから、脂分は取らん方がいいかと思って豆腐。
全部つながっている気がしてくる。
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そして、左手の小指を負傷しても、コントローラは握れる。つまり練習しろという流れか。

さて、大雪が降ってから1週間。その後も断続的に雪が降っていたが、どうにかアスファルトが見えるようになってきた。「白一色」崩れたり。それ何の役満だよ。
で、いつものランニングコースが解凍されたかたと期待して行ってみたものの、引き続き冷凍中。チゾットに住んでいるつもりが、マウントスノー状態となっている。
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兵糧が尽きたので、今年最初の「玄米購入」。ちなみに、僕はネットで合田農場というところから買っています。
毎回、箱の中には米袋と一緒に「農場の近況報告」みたいなA4のレポートが1,2枚入ってて、それがひそかな楽しみだったりする。雪の中、ビニルハウスの苗の写真とともに「苗は順調に育ってます」とか書いてある、そんなノリ。和む。
で、今回もそこまでは期待していたのですが、意表を突きすぎるおまけが。 なんと、「カレンダー」と「もち」が付いてきた。
カレンダーは、農業にちなんだ記念日が控えめに書いてあったりして、いろいろわかってるなあと思う。
そして、もち。なんと、400g×2個=800g。購入した玄米は5kgだったので、「もち還元率」=800/5000=1600/10000=16%。
なるほど、消費増税されてもこれならおつりがくる。農家が現場レベルで軽減税率でなく現物支給で対処。
で、このもちがおいしかった。はがき2枚分くらいの大きさがありますが、面白いのでそのまま焼いてみた。食べながら気付く。400gの炭水化物、しかも水分含有量が少ないもちって、一気に食べるのヤバくね?

しかし完食である。おかげで、1日空腹感がなかった。胃が苦しいという表現もある。
やっぱり、切る→焼く、が正解だったんだろうなーと思い、裏面の説明書きを読むと、
「包装を開けずに、まずお湯に入れましょう。80℃のお湯で煮れば、つきたてに戻ります。」
なんと! てっきり焼いた段階で間違ったと思ったのですが、開封した段階で間違いだったようです。まあ最短の手間で炭水化物を補給したという意味では正しいのですが。焼いてもうまかったし。もう1個のほうは、ちゃんと説明書読んでから食べたいと思います。

ほかの農家と多数比較したわけではないのですが、この農家は個人的に気に入っているので、しばらく装備欄からリンクはって紹介しておきます。

雪が北海道。圧雪なところはマシなほう。
しばらく走れん。正月付近に走りためといて良かった。今年は、足にとってのお正月はこのタイミングとなった。
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走らない分の時間と体力が、少しだけドラクエに回る。
昨日、今日と、ラスボスを撃破する練習。30分程度。
なぜか計時の方法が、非常にアナログになっている。方法は、なんと「砂時計」
戦闘時間10分が目安であり、それさえわかればいいので。

ここ1か月くらい、1日30分くらいずつパズルゲームをやっている。それは、「東大の入試の数学を1問だけ解く」というもの。
走り込みは習慣化されてきたので、次は頭を使う習慣を何かつけようと思い、パズルを全力で解くのがいいらしいと何かで読んで、これ数学の問題が品質の上で適当なんじゃね?という経緯である。実際やってみると、ノープレッシャーで取り組めるし、また、解けなくてもすぐ解答とか見て効率重視の勉強をする必要もなく、その後も何日か考え続けていいので、楽しい。

純粋にパズルゲームとしての観点で入試数学を見て、そのメリットを羅列してみる。上のほうが「入試」の特性、下のほうが「東大」の特性という順番です。
・解けるパズルである
・所要時間の目安がつくパズルである
・問題文が短い ほかの科目と比較して
・注意深くデバッグされている。おそらく現存するパズル問題の中でも最高水準
・解答や別解や解説を誰かが作ってすでに公開している
・設問と答えに現実的な意味のある問題が多い  応用性がある
・題意の把握と直観力で手間を削減できる問題が多い  パズルとして良い
・難しいとされているので、うまく解けなくてもヘコまずに済む たぶん

注意してほしいのが、「数学の知識が鍛えられる」とか「勉強してるように見える」などという、社会的に肯定されそうな要因は除外している点である。純粋にパズルゲームとして見た場合のメリットだけで、こんなにある。「ルールが難しい」など、デメリットもいくつかありますけれど。
上から4番目くらいまでは当たり前のこと。ただ改めて考えると現実の問題と比較してかなり特殊だということがわかる。このあたりは野口悠紀雄氏の「超勉強法」でも触れられていたので興味があれば読んでみると面白いと思います。
ともかく、これは全力で頭を使えるように御膳立てされた人工的なパズルゲームの一種。デコボコがひとつもなく整備されたトラックで100m走をするから超軽量のスパイクで全力疾走できるのと似ている。

現実問題や現実道路は、解けなかったりデコボコがあったりする。純粋に脳のCPUを100%稼働させるような使い方にはなりにくい。 そもそも必勝戦術があるのかどうかわからない状況でボス戦術を構築したり、本棚を探していたら実は存在しなかったり する。だから、人工的に作られたパズルゲームでCPUを100%使うと、全力疾走したかのような爽快感がある。これを久しく忘れていたから、新鮮味を感じて1か月も続いているのだろう。現在、2005年までさかのぼってきた。52年分の過去問があるサイトを発見したので、当面は困らない。ていうか、そんなに続くのかという話もある。

あくまで主観だが、前述のようなパズルゲームとしての出来は東大が群を抜いていると思う。京都大の抽象的なやつは僕には歯が立たないし、東工大は計算が重厚だし。どちらも「パズル」というより「数学」や「計算」をしている感覚が強いので、今回の用途にはいまいちである。
新作は毎年2月に6作リリースされるようだ。しかも無料。受験生の皆様がプレイするだけではもったいない。

というわけで、最近はパズルゲームで遊んでいるわけですが、きちんとドラクエなどで成果を出せよという心の声が聞こえてきます。気付けば、受験生の方とは行動の位置づけが逆になったようです。

さて、今月も恒例の「年賀状紹介」のコーナーです。
なんと! 「玄米屋」から年賀状が来てました。通販で玄米を注文した秋田の農家です←最初からそう言え
いやー。状を手に取って、「あれ農場に知り合いいたっけ?さては誰か転職して開墾でもしたのかコレ??」などと2秒ほど悩みました。今年に入って最も頭を使った2秒ですね。

ちなみに、変なところからの年賀状と言えば。
僕が受け取ったわけではないですが、数年前、友人Aに雀卓屋からの年賀状が来たらしい。
前年に全自動雀卓を購入した友人Aと新年に会った際、唐突に「そういや雀卓屋から年賀状来たぞ」とか言っていて、脳内でジャンタクヤなるものを変換する2秒間もずいぶん頭を使った。意味を理解したとき、彼は「雀卓の調子はどうですかとか言ってきている。最近は売って終わりじゃないんだなあ」などと感慨深げに独り言を述べていた。悪いが理解が間に合わん。

どうも面白い年賀状は1月に集中するみたいですけど、来月も面白いの来るといいなあ。

新年。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

近年になく正月に暇があったので、やっぱり走ったりしてます。31日から4日連続。まず走り貯める作戦。
そして、新年最初に読んだ本。2冊紹介。

 勝ち続ける意志力  梅原大吾 著
格闘ゲームで超有名なプレイヤーの著書。たぶん、このサイトに来ている方のうち9割は面白いと感じるだろう。以前読んだ羽生さんの本と観点が近い。長く勝負師として究めると近いところに行き着くということだろうか。もっとも、将棋や野球などメジャーな競技のプレイヤーの本とは別種のインパクトがあるのは確か。50ページの9行目とか。ただ、この本はたぶん置いてある書店が限られるので立ち読みは難しいかも。仙台の駅前のいちばんでかい書店でやっと見つけた。Amazonで買えばよかったのだが、存在を知ってからすぐに読みたくなったので探した。
RTA「プレイヤー」にはもっともオススメしたい本のひとつです。ただし、えぐちさんは除く。

んで、もう一冊。
 光あるうち光の中を歩め  トルストイ
正月なので、それっぽい本(?)も読んでみた。これ、15歳くらいのときに学校で「トルストイの著作を1冊読め」という宿題が出て、なんだよダリーとか思いつつ本屋に行き、当たり前のように一番薄いやつを選択、するとこの本だったものの、内容がさっぱりわからねー、となった思い出の1冊。そのとき購入した本はどこかのタイミングで売りましたが、今回、新たに買いなおして読んだ。なるほど、これはあの時の自分にはわかるはずもなかった、ということがよくわかった。
キリスト教をベースに、生き方を諭す内容。たぶん。結局、今になっても理解に自信はないわけですが。
関係ないですが、手放した本をもう一度買い直す、というのをやってみたかった。序盤に捨てた牌を終盤に鳴くのと近い感覚か。状況が変わっている。これができるようになると、持ち物がさらに減らせるかもしれない。

ということで、今年もどんどん身軽にしていきたいと思います。あまり見かけない新年の目標である。


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